2008年 12月 16日

出逢ってくれてありがとう

ゆうべからなんだか絵が描けない。
描いても描いても、納得がいかなくてやり直し。
今日、搬入なのに残りの絵が進まない。
あまりにもやもやするので少し寝て早めに起きて作業中、早朝からメール。
何?こんな朝早く何事?
と思い、メールを開くと、
卵屋のセンムの岸さんが夜遅く、亡くなったという知らせ。
「えっ?はっ???何?何かの冗談メール??」
娘さんの連絡先を教えてもらい電話。
やはり、本当らしい。ちょうど、家から5分程のところにある病院だったので、急いでかけつけると、そこには動かなくなった岸さん。

あまりに急で信じれなくて、岸さんに近づけない。
近づいて、声をかけたいけど、足ががくがくなって、動けない。
かわりに、涙がぼろぼろぼろぼろ止まらない。

やっとのことで、近づくと、私が知ってる岸さんの顔はそこにはなくて、
そして、また涙が溢れ出る。

岸さんとの思い出が頭の中をぐるぐるなる一方で、
やっぱり信じれなくて「ここに横たわっているのは岸さんじゃない」と言い聞かせている自分もいたりで、しばしパニック。

もう、土佐市に帰るということで、家に帰って待機。
搬入の準備もしなくてはいけないけど、それどころじゃなくて。

動脈瘤が頭に出来てたらしく、日曜日に倒れて意識不明。緊急手術をして一時は安定していたものの、月曜日の夜、容態が急変。深夜息を引き取ったそう。
旦那さんの大原さんに聞くと、今日、病院にきて、入院や手術の日取りを決める予定だったそうなのですが、それを待たずに動脈瘤が破裂したとのこと。
49歳、若すぎるでしょ。

岸さんの携帯電話が数日前から壊れていたらしく、友達や交流があった人が把握できなくて
大原さんも娘さんも誰に連絡していいのかわからないということだったので、私が知ってる限りで、岸さんが交流のあった人たちに連絡。

思えば、岸さんに出会ったのは7年か8年前。
きっかけは忘れたけど、はじめはメール。
卵屋さんのアートフリマに参加して以来、なんだか、他人のように思えなくて、それ以来交流が続いて
いっぱい相談にものってもらってた。
岸さんは今は、土佐市に腰をすえてましたが、出会ったころは、拠点が宝塚。
店舗のデザインや企画などをやってて、月に1回か2回ほど、高知に帰ってくる感じ。
高知に帰ってきた時に、お話したり、映画を見に行ったり。
陶芸家のきむらとしろうじんじんさんが高知に来て、卵屋さんのイベントの時に野点のワークショップをした時も、ちょうど、じんじんさんの誕生日だということで、
誕生日ケーキのアイデアを一緒に考えたり。。
私の誕生日には、ふつうのケーキ屋さんではやってくれないだろうと思う
うんちケーキを作ってくれたり。。。。(実際作ったのは大原さんやスタッフの方ですが、、。)

猫ケーキを作ってくれたり。。。

ステキできれいな女性のイメージがあった岸さん。
つき合って行くうちに、うっかりで、おとぼけな性格がでてきて、おかしいぞ、岸さん!
って思ったり。

一度、人間不信になりかけて、自分がどうにかなってしまうのではないだろうか。と思った時も、
どばっと、何もかも打ち明けると、真剣に受け止めてくれて、助け舟を出してくれ、どうにか立ち上がることもできた。
いろんなことを人一倍心配してくれ、おかげで、1番ひどかったころに比べると、手の調子もおちついた。
ほんとうにいろんなことを学び、かけがえのない存在だった岸さん。

まだまだたくさん話したいこともあったのに。。。
でも、
岸さんが私にくれた言葉はまだまだ生き続け、私を支えてくれてる。
岸さんに出会えて、ほんとうに良かった。

岸さん、ありがとう。

by bilibilistudio | 2008-12-16 16:33 | あのひと日記


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